看護師の異動がつらくて辞めたいとき【急性期から慢性期に異動して、数か月で辞めた話】
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異動先がつらくて、「辞めたい」と思っている人へ。
私は一般科の急性期病棟から療養病棟(慢性期)に異動して、数か月で退職しました。今は精神科で働いていて、あのとき辞めてよかったと思っています。
療養病棟でつらかったのは、忙しさでも人間関係でもありませんでした。「やりたい看護が、ここではできない」ことでした。そして、そのつらさは慣れても消えませんでした。
この記事では、異動を言われたときの気持ちから、療養病棟で感じたこと、辞めると決めてから退職を伝えるまでのことを書きます。
読み終わるころには、今のつらさが「時間や慣れで軽くなるもの」なのか、「待っていても苦しいままかもしれないもの」なのかを、自分で見分ける手がかりが持てると思います。元の病棟に戻るという選択肢や、退職をどう伝えたかも、私の経験の範囲で書きました。
部長から言い渡された異動
ある日、部長から呼ばれて、異動を言い渡されました。
正直、もう少し急性期で働いて、技術を磨き、経験を重ねていきたいと思っていました。だから、残念な思いはありました。
でも一方で、あの嵐のような日々から解放されるのか、と期待もしました。
いずれにせよ、組織で働く以上、辞令を受けたら従わないといけないと思っていました。仕方がない、という思いが大きかったです。
療養病棟で待っていた毎日
私が異動した療養病棟では、入退院がほとんどありませんでした。患者さんは基本的に同じ方で固定されていて、昨日と同じことを延々とくり返します。
浣腸、摘便、おむつ交換、胃ろうや経鼻栄養の注入、点滴、吸引など。毎日、これが続きます。
急性期なら、入院には一応の期限があります。多くの患者さんは、3か月ほどのうちに退院していきます。でも療養病棟では、患者さんが亡くなったり、急性増悪で転院したりするまで、長く付き合うことになります。メンバーが変わるのは、そのときだけでした。
胃ろうや経鼻栄養の患者さんも多く、コミュニケーションがとりづらい、もしくは取れない方がほとんどでした。家族の面会がまったくない方もいました。寝たきりで、看護師が関わるのは胃ろうや吸引、入浴、おむつ交換のときだけ。誰かを責めたいわけではありません。でも、その光景を毎日見ているうちに、気が滅入っていきました。
嵐から解放されると思っていたのに、楽になったわけでもありませんでした。急性期でも始業30分前に来る人はいましたが、療養病棟では全員が1時間前に来て、情報収集や点滴の準備をしていました。ほとんど強制のような、同調圧力のような空気でした。そうしないと、定時に終われない仕事量でした。
療養病棟を一文字で言うと「和」
療養病棟には、穏やかな人が多かった気がします。そのせいか、ナースステーションの雰囲気も柔らかかったように思います。
逆に急性期は、個性的で、自己主張が強く、バリバリ仕事をする人が多い印象で、意見の衝突も結構あったように思います。
療養病棟を感じ一文字で言うと、「和」です。
どちらが良い悪いという話ではありません。療養病棟の穏やかさが合う人も、きっといると思います。
老健で見た、イチゴの笑顔
私は看護師になる前、介護福祉士として老健で働いていました。療養病棟の毎日の中で、よく思い出していたのは、そのころの光景です。
胃ろうを造設している、ある女性の利用者さんがいました。医師の許可があって、口からも少しだけなら食べることができる方でした。
ある日、面会に来たご家族が、その方の好きなイチゴを持ってきました。ユニットにはキッチンがあったので、食べやすい小ささにカットして、ご家族が話しかけながら食べさせていました。もちろん、スタッフの見守りのもとでです。
すると、普段は無表情なその方が、にっこりと微笑みました。力は弱めでしたが、何回も味わうように咀嚼して、ゴクリという音とともに飲み込みました。
胃ろうを作っているからといって、口から食べられないわけじゃないんだ。これこそ、食べるという行為の尊さだ。そう感動したのを覚えています。
ご家族がいないときは、スタッフも介助して食べてもらいました。うれしそうなその方を見ていると、関係が深まったような気がしました。
もちろん、施設の利用者さんと療養病棟の患者さんでは、状態が違います。療養病棟は、施設よりも医療が必要な人が多い場所です。病院でこういうことをしようとすると、看護師はたいてい反対します。嚥下の状態が悪い患者さんが多いので、当たり前のことです。それに、病院にはそんな介助をしている時間もありません。ご家族の面会も、施設ほど多くはありませんでした。
やりたい看護が、ここではできない
私が大切にしている考えがあります。
人は誰でも、どんな時でも、自分らしく生きる権利がある。それを支えるのがケア(看護・介護)の役割である。
イチゴを食べてにっこりした利用者さんの姿は、私にとって、まさにそれでした。胃ろうがあっても、寝たきりでも、その人らしく過ごせる時間を支えたい。それが、私のやりたい看護です。
私は施設を知っています。やりたいことがたくさんあるし、自分にはそれができるという自負もあります。
でも病院は、治療の場であって、生活の場ではありません(すべての病院がそうではなく、できるところもあると思います)。だから、やりたい看護が、ここではできない。そのつらさが大きかったです。
振り返ると、急性期と比べて嫌になったというより、老健のころの自分と比べて嫌になった部分のほうが大きかったのだと思います。もちろん療養病棟のほうが医療の必要な方は多いのですが、老健にも胃ろうの方や寝たきりの方はいました。状態が似ている方は多いのに、老健でできていたことが、療養病棟ではほとんどできない。その差が、毎日少しずつ積もっていきました。
看護学生のときの実習でも、似た思いをしました。施設なら車いすで散歩に連れていくような患者さんに、それができなかった。あのときは実習生で、現場を動かす立場ではありませんでした。そのときのことは看護実習がつらい人へ。介護福祉士だった私が経験したリアルな話に書いています。でも療養病棟では、看護師としての立場も力もあるのに、場所と時間がそれを許してくれませんでした。
急性期の1年目にも、つらさはありました。最初は無力感が大きかった。でもそれは、看護師としての力がついてくるにつれて、軽くなっていきました。療養病棟のつらさは、そういう種類のものではありませんでした。
辞めると決めた日
やりたい看護が、ここではできない。そのもやもやも、辞めることを決めた理由の一つになりました。
療養病棟では、前残業のことで師長に思いをぶつけたことがあります。全員が早く来ざるを得ないのは、構造的な問題のはずです。でも返事は「みんな自主的にやっているから」でした。ここで、療養病棟で働くモチベーションが大きく崩れました。
辞めると決めたのは、奨学金の返還期間の3年が終わった日です。返済完了の証明書が届いたとき、「辞めよう」とポンと思いました。
数か月で辞めることに、ためらいがなかったと言えばうそになります。療養病棟にも学ぶところはたくさんあるはずだ。もう少し残って頑張れば、自分にもそれが見えて、やりがいを感じられるのではないか。そう考えたこともあります。
でも、モチベーションは下がっていましたし、子どもとの時間をもっと確保しなければ、という気持ちも強くなっていました。そのためらいも、やがて消えていきました。
退職を伝えた日のこと
まずは療養病棟の師長に伝えました。タイミングを見はからって「師長、ちょっとお話があるのですが、今いいですか?」と声をかけ、別室で退職したいと伝えました。
退職届も、そのときに提出しました。「願い」ではなく「届」です。院長あてに書いていたのですが、「うちは理事長あてに書いて」と直されたのを今でも覚えています(笑)。
それから何日かして、部長室に呼ばれました。異動を言い渡された、あの部屋です。
なぜ辞めたいのかを聞かれて、「子どもと過ごす時間をもっと作りたいから」と正直に言いました。奨学金のお礼奉公の期間が終わったことは、あえて言いませんでした。療養病棟が合わないことや、前残業のことも言いませんでした。辞める人間が言っても、しょうがないと思ったからです。
部長は「異動が辞めるきっかけになったのかな」と、少し自分を責めているようでした。なんだか申し訳ない気持ちになりました。そして、退職は受理されました。
そのあと、急性期でプリセプターをしてくれた先輩看護師と、尊敬する主任さんに伝えに行きました。どちらも急性期の人です。とても残念がって、引き留めてくれました。このときのことは、一般科急性期が限界だと思った時に考えたことにも書いています。
療養病棟の人には、師長以外には伝えませんでした。でも、そのうち私が辞めることは漏れ出ていって、皆さんが知るようになりました。
元の病棟に戻るという選択肢
主任さんに辞めることを伝えたとき、こう聞かれました。
「もしかすると、急性期から異動しなかったら、辞めることはなかった?」
私は「そうかもしれません」と答えました。正直な気持ちでした。
でも、急性期に戻ったとしても、子どもとの時間を作れないのは、療養病棟以上です。だから、急性期に戻してもらうという選択肢は、どちらにせよとらなかったと思います。
異動は、私にとって辞めるきっかけになりました。今は、こういう形できっかけをもらったのだと思っています。
精神科に移って
転職先に精神科を選んだ一番の理由は、子どもとの時間です。それに加えて、身体だけでなく精神もみれる看護師になりたい、という思いもありました。このことは急性期から精神科に転職したら、看護技術はどうなったかや精神科看護師は楽って本当?にも書いています。
精神科には、さまざまな精神疾患を持った患者さんが入院してきます。たとえば同じうつ病でも、急性期、回復期、慢性期とあり、人によって回復の過程が違います。入退院もあるので、変化の多い職場です。バリエーションが豊か、と言ってもいいと思います。
看護計画を立てるときは、専門書を読んで参考にして、その人の状態を把握し、アセスメントに活用しています。その過程で得られる知識も、大きな学びです。
私には、入退院が多く、毎日違う患者さんや症状に出会える場所のほうが合っているのだと思います。介護から看護に進んだのも、こういう性分があったからかもしれません。
異動で「辞めたい」と思っているあなたへ
もし異動を言い渡されて迷っているなら、断ることも一つの選択肢ですが、新しい部署にチャレンジしてみるのもいいと思います。ただ、特別な事情がない限り、異動は断れないことが多いと思います(私の経験上そうだっただけで、断れる職場もあるかもしれません)。本当に嫌だったり、家庭の事情などで無理だったりしたら、正直にその旨を伝えればいいと思います。
もう異動して、つらくて辞めたいと思っているなら、そのつらさについて考えてみてほしいことがあります。
- 仕事を覚えて自信がついてきたら、軽くなりそうなつらさか
- 時間が経てば、少しずつ慣れていけそうなつらさか
- 自分が大切にしてきた看護と、今の場所がずれていると感じるつらさか
時間が解決してくれることもあります。急性期1年目の私の無力感が、そうだったように。でも、自分が大切にしてきたものと場所がずれているなら、慣れるのを待っても苦しいままかもしれません。私の場合、それは老健で見てきたケアでした。あなたにとっては、前の病棟で大切にしてきた看護かもしれません。
元の病棟に戻りたいと思うなら、相談してみる価値はあると思います。ただ、私のように、戻っても解決しない理由があるなら、それは別の場所を考えるサインかもしれません。
自分が置かれた環境や状況は変えられないかもしれないけど、自分の考えや行動は、自分で選択して変えることはできるはずです。
と、偉そうに言いましたが、私自身は、そう思って異動した先が合いませんでした(笑)。そして退職し、転職しました。でも今は、とてもよかったと思っています。何がどう転ぶかはわかりません。
どうせ異動するなら、ポジティブな気持ちで移りたいものです。させられた、強いられた、と思って異動したくはない。自分でそれなりに納得したんだ、と思って異動したいです。
異動先がつらくて辞めたいと思うのは、あなたが弱いからではないと思います。私も数か月で辞めました。それでも今は、あのとき動いてよかったと思っています。
もう辞めると決めているのに、次の職場が見えていないなら、転職サイトに相談してみてもいいと思います。一人で求人を探すより、少し気持ちが楽になるかもしれません。
本記事の内容はあくまで私個人の経験です。病院や病棟によって、異動のしくみや働き方、退職の手続きは異なります。
精神科転職に関する記事は、こちらのページに不安の種類別でまとめています。