モニターが鳴る最期と、アルバムをめくる最期。病院と施設、両方の看取りを見て


同じ人の最期でも、病院と施設では、こんなにも違うのかと思ったことがあります。

私は介護福祉士として施設で働いたあと、看護師になり、急性期を経て、いまは精神科にいます。介護の側からも、看護の側からも、人の最期に立ち会ってきました。

この記事は、病院の忙しさの中で看取りに向き合っている看護師さんに、読んでもらえたらと思って書いています。介護施設での看取りを経験したことが、看護師になった今の私の、病院での関わり方に影響を与えているからです。忙しくても、モニターの数字の向こうにいる「その人」を看るために、できることがある。そう思えるようになりました。

先に一つ、断っておきたいことがあります。これから書く施設の看取りは、私がいたグループホームでの話です。そこはかなり手厚い介護をしていました。すべての施設が看取りをしているわけではないし、同じ対応ができるわけでもありません。家族との関係が難しいケースもあります。だからこれは、私が見てきたひとつの景色として読んでいただけたらと思います。

そして、どちらが良い・悪いという話でもありません。病院と施設では、役割が違う。その違いが、最期のかたちにも表れるのだと思います。

急性期で迎えた、ある患者さんの最期

急性期にいたころ、透析治療を受けている患者さんがいました。

腎機能がもう限界に来ていて、みるみる調子が悪くなっていきました。元気なころはいろいろお話もできたのですが、だんだんと意識レベルが落ちていきました。

そうなると、心電図モニターをつけて管理します。施設にはそもそもモニターなどありません。でも病院では、つけた瞬間から、私たちはその画面を見るようになる。ナースステーションの中央には何人もの患者さんの状態が並び、その方も、そのうちの一つになるのです。

とにかく忙しいですから、十分な時間はかけられません。バイタルを測って全身を観察しているあいだも、頭の中では次の処置のことや、もっと状態の悪い患者さんのことを考えている。どうしても、機械的な対応になってしまうのです。

二つのモニターが、同時に鳴った夜

その方が亡くなった夜のことは、よく覚えています。同時に亡くなった方がいたからです。

準夜勤に入ったとき、二つのモニターが急に鳴り出しました。偶然だとは思いますが、ほぼ同時に、お二人が亡くなりました。

夜勤帯で人手も足りず、とにかく忙しかった。十分なお別れなんて、とてもできませんでした。医師を呼び、同時にご家族へ連絡し、来ていただく段取りを整える。手順をこなすことに精一杯で、いっぱいいっぱいでした。

でも、今あらためて振り返ってみると、急性期で余裕をもって看取れたことは、一度もない気がします。

急性期は、そもそも患者さんやご家族との関わりが短いものです。長く入院される方は少ないので、じっくり関係を築く時間は、どうしても持ちにくい。病院は治療の場であって、生活の場ではないのですから、それは仕方のないことだと思います。ただ、そのぶん最期の場面も慌ただしくなりやすい。もう少し落ち着いてお別れができたら、と感じたことは、正直に言えば一度や二度ではありません。

病院の看取りのかたち

ご家族が到着すると、主治医に死亡確認をしてもらい、死亡診断書を書いてもらいます。

主治医であれば経緯を知っているので、「これまでよく頑張られましたね」と声をかけたりもするのでしょう。でも、ほかの医師や他院の医師が当直だったりすると、そうしたあたたかな場面は、期待できないこともあります。ご家族が患者さんにすがって泣いていても、時間は無表情に過ぎていきます。

しばらくは、ご家族に水入らずで過ごしてもらいます。そのあとエンゼルケアに入りますが、その前に葬儀屋さんのことをうかがいます。看取りに入って時間がたっている方だと、ご家族も心の準備ができていて手配済みのこともありますが、そうでない場合は、地域の葬儀屋さんの一覧をお渡しして案内することもあります。

エンゼルケアも、手際よさを重視して進めます。施設ではご家族に入ってもらったりもしたのですが、病院でそういう経験は、私にはありません。終わればまたご家族に過ごしてもらい、葬儀屋さんが来たらストレッチャーへの移乗を手伝い、出口までお見送りする。そして一息つく間もなく、次の処置へと向かうのです。

念のために言えば、アラームも中央モニターも、命を救う場面ではなくてはならないものです。それは間違いありません。

施設で寄り添った、ある看取り

施設には、モニターがありません。だから、あの「ピピピピ!!」とけたたましく鳴り響く音もない。これが一番の違いだと思います。

そして、長く入所している方を看取ることが多い。長く一緒にいると、スタッフと利用者さんは、身近な存在になっていきます。もちろん、そこは本人の家でもない。本当の家族ではないし、なることもできない。それでも、病院よりは明らかに距離が近く、関係が育ちやすい。ご家族との関係について言えば、良好だったり、そうでなかったり、色々ありますが、病院よりは深くなる傾向があります。施設が「生活の場」である、というのは、こういうことなのだと思います。

私が看取った、正確に言えばそばで見ていたのは、ホームの長老のような女性の利用者さんでした。新人のころの話です。

グループホームなので、その方の私物がたくさん持ち込まれていました。ベッドこそ施設のものですが、タンスなどの家具、家族の写真、アルバム、手作りの手芸品、お孫さんからのメッセージカード…。病院の殺伐とした雰囲気とは、まるで違います。もちろん、身寄りのない方や家族と疎遠な方の部屋は、それなりに殺風景だったりもするのですが。

私がいたホームは民家のような造りで、たいそうな受付もなく、ご家族は勝手に入ってきていました。ご家族は、利用者さんと話すより、スタッフと話す時間のほうが長いこともあったくらいです。

アルバムをめくる

看取り期の利用者さんのそばで、ご家族が時間を過ごす。多くを話すわけではなく、残り少ない時間を、ゆったりした空気の中で共有している。

病院では、アラーム音にいろんなことが邪魔されます。「この数字は何ですか」と酸素飽和度を気にする。赤で点滅する数値と鳴り響く音に気を取られて、肝心の、亡くなっていく人のことが見えなくなる。アラームは大切だし便利です。でも施設を経験した私からすると、看取りの最終段階で、ご家族も本人ももう時間が近いとわかっているような場面で、それが本当に必要なのかと、疑問に思うこともあります。まあ、同僚からは「おかしくなったんじゃないか」と思われるかもしれませんが。

そのとき私は、ご家族にアルバムを見せてもらいました。若いころ、子育て中、子育てを終えて旅行に行ったとき。その人の人生が、一枚ずつ見えていく気がしました。

ベッドに横になっているのが、ただの利用者さんではなく、一人の、人生を持った「人」なのだと、あらためて思いました。

そう思えてくると、おむつ交換ひとつ、清拭ひとつ、ご家族への対応ひとつにも、自然と心がこもってきます。返事がなくても、一つずつ声をかける。ご家族にも「声をかけたら、返事がありましたよ」「笑ってくれましたよ」と、ちょっとした発見を伝えるようになる。モニターがないぶん、その人自身をしっかり見るようになるのです。呼吸が変わってきた、脈が弱くなってきた、話しかけても反応が薄くなってきた。昔の看取りは、こんなふうだったんだろうなと思ったりしました。

そして最期のときが来ます。ご家族としばらく過ごしてもらうのは病院と一緒なのですが、こちらではエンゼルケアに一緒に入ってもらうことも多くありました。腕や顔を拭いてもらったり、髪をとかしてもらったり、お化粧をしてもらったり。

亡くなっていても、スタッフは生きていたころと同じように声をかけます。体の向きを変えるときも「ごめんなさいね、向こうを向きますね」と。

すべて終えて送り出したあと、ご家族が後日あいさつに来てくださることも、病院よりずっと多かったように思います。本人とスタッフで撮った写真を、葬儀でも飾りましたと言われたときは、こみあげてくるものがありました。亡くなったあとに来て、そうやって語り合うことも、きっとご家族にとってのグリーフケアになっているのだと思います。

そして今、病院の看取りで心がけていること

施設のような環境は、病院では作れません。モニターも中央監視もなくならないし、忙しさも変わらない。それでも、施設で学んだことを、できる範囲で持ち込んでいます。

一つは、ご家族への向き合い方です。

ふだん、ご家族は「症状」を気にされます。「調子は良くなりましたか」「元に戻りますか」と。でも看取り期になると、症状よりも「状態」を気にされる。いつ亡くなりそうか、苦しくないか。そして一番は、顔を見ることです。表情を見にこられる。

だから私は、眼脂やヒゲは必ずきれいにします。看取り期において、清潔を守ることは、その人の尊厳を守ることに直結すると思うからです。不潔なままだったら、ご家族はきっと、見捨てられたと感じてしまう。

一方的に状態を伝えるのではなく、本人のエピソードを話してもらうようにもしています。すると「演歌が好きだった」と聞けば、CDを持ってきてもらって好きな曲を流す、というケアにつながる。エンゼルケアのときに、生前と同じように声をかけながら行うのも、必ずしていることです。

もう一つ、看護師になったからこそできる声かけがあります。

ご家族が「もうすぐでしょうか」と聞かれたとき、尿がまだしっかり出ていて、血圧なども保たれていれば、「まだ頑張っておられますよ」とお伝えできることもあります。ただ、これは難しい。断定は医師でないとトラブルになりますし、いつ何時、予想しないときに亡くなるかもわからない。だから一つのサインだけで判断せず、全身を見たうえで、表現は必ずやわらかくして、断定は避けます。それでも、知識と経験があるぶん、伝えられることは増えました。

介護士のころは、そんな知識もなくて、ご家族と一緒にうろたえていました。看護師が来て、脈をとってくれるだけで、安心できていた。

いま、自分がその立場にいることを、私は嬉しく思っています。

さいごに

病院の最期にも、施設の看取りにも、それぞれのかたちがあります。

役割が違うだけで、そこにいる人たちは、みんなその人の最期に、精一杯向き合っている。私はたまたま、その両方を見ることができました。

だから今も、モニターの数字を追いながら、その向こうにいる一人の人のことを、忘れないでいようと思っています。


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