介護士が看護師になるまでの道のり【遠回りした私のリアルな話】


介護士から看護師になりました。

遠回りだったかもしれません。介護福祉士の資格を取り、老健で働き、准看護師学校に2年通い、正看護師学校にさらに2年通いました。30代後半で、ようやく看護師になりました。

でも、その道のりに後悔はありません。

この記事では、私がたどった道のりをそのまま書きます。華やかな話ではありません。でも、今まさに迷っている誰かの背中を、少しでも押せたら嬉しいです。


「なれるよ」という一言が、全ての始まりだった

老健で働いていた頃、看護師という仕事に高い壁を感じていました。

点滴、採血、急変対応。自分には到底できないと思っていました。介護福祉士と看護師の間には、越えられない壁があるように感じていたのです。

そんな私が、一人の看護師さんをずっと尊敬していました。

患者さんの話をじっくり聞ける、穏やかな人でした。ユーモアがあって柔らかい雰囲気なのに、観察眼は鋭い。こんな看護師になりたいと思っていました。

ある日、その方に相談しました。「看護師になりたいと思っているんですが…」

返ってきた言葉は、「なれるよ」でした。

正直なところ、「本当かなぁ」というのが最初の感想でした。自信もなく、根拠もなく、不安しかありませんでした。

でも、その言葉は節目節目に蘇ってきました。学校を調べているとき。入学試験の前夜。実習でつらかったとき。「なれるよ」という言葉が、そのたびに支えてくれました。

退職の日、その方からもう一言もらいました。

「患者さんの話を聞ける看護師になってね。」

この言葉が、今も私の根っこになっています。言葉の力はすごいと、今でも思います。

その方とは今でも交流があります。妻とは職場結婚だったので、その看護師さんも妻をよく知っていて、家に来て子どもの成長を見てもらったりしています。


退職・引っ越し・同棲スタート【人生の大転換点】

老健を退職した日の気持ちは、清々しさと不安が入り混じったものでした。

「よし、やるぞ」という気持ちと、「もう後には引けない」という緊張感。両方がありました。

退職と同時に引っ越しもしました。学校と妻の職場の中間点にアパートを新しく借り、同棲をスタートしました。

仕事も変わり、住む場所も変わり、生活も変わった。学校に踏み出す前から、すでに人生の大転換点でした。


准看護師学校入学【制服を着た30代】

4月、准看護師学校に入学しました。

クラスメートは、中学校を卒業したての人から50代の方まで、様々な年齢の人がいました。そのこと自体は想定していました。

想定していなかったのは、制服がブレザーだったことです。

30代で制服を着ることへの気恥ずかしさは、なかなかのものでした。入学式には妻も出席してくれたのですが、それがまた気恥ずかしかったです。

在学中に妻と結婚しました。学校が午後からだったため、グループホームの夜勤アルバイトをしながら生活費を工面しました。貯蓄と妻の支援とバイト代で、なんとか2年間を乗り切りました。

准看護師の国家試験。難易度はそれほど高くないと知っていましたが、それでも「こんな自分が合格できるのか」という不安はありました。

合格通知が届いたとき、純粋に嬉しかったです。


正看護師学校へ【想定外の連続】

最初から正看護師を目指すつもりはありませんでした。准看護師として働きながら、それで十分と思っていた部分もありました。

でも進学を決めました。その経緯は別の記事に書いていますので、ここでは省きます。

正看護師学校での2年間は、想定外の連続でした。

妻が妊娠していたのと重なって、ちょうど母子看護学の授業が始まりました。

実は、母子看護学は全教科の中で一番苦手でした。男性の自分にとって、女性の体のことは想像しにくく、エストロゲンやプロスタグランジンといった女性ホルモンの話は、特に難しかったです。

でも、妻がまさに妊娠中で出産を控えているこの状況でなければ、興味も持てず、理解することもできなかったと思います。タイムリーすぎて、授業が妙にリアルでした。自分はラッキーだったと思っています。

両親学級にも参加しました。重りを背負って妊婦の大変さを体験したり、人形でおむつ交換や沐浴の練習をしたりする場です。そこでアシスタント的な役割も担いました。これが本当の意味での実学になりました。

1月に子どもが生まれ、2月に国家試験がありました。

子どもが生まれたら勉強できなくなると分かっていたので、出産前までに国試対策を万全にしていました。予定を見据えて学習できたのは、良かったと思っています。

それでも、生まれてからは大変でした。夜泣きの抱っこ、おむつ替え、ミルク。睡眠時間を削られながら、試験勉強と育児を両立しました。

でも、「学生でよかった」と思いました。これが夜勤ありの仕事をしながらでは、とても無理だったと思います。妻の実家から学校に通わせてもらい、義理の父母のサポートにも本当に助けられました。

試験が近づくにつれ、ナーバスにはなりました。それでも、やれることはやった、という気持ちがありました。

卒業式には、妻と乳児の子どもも来てくれました。


合格の日【勉強から解放された】

正看護師の国家試験に合格したとき、最初に思ったのは「勉強から解放された」という解放感でした。

妻と、尊敬するあの看護師さんに、一番に報告しました。

自分の合格も嬉しかったです。でも、それ以上に嬉しかったのは、一緒に学んできたクラスメート全員が合格したことでした。

あの「なれるよ」という一言から、ここまで来ました。


遠回りしたあなたへ

振り返ると、遠回りに見えた道が全部つながっていました。

介護福祉士として働いた経験が、看護師になってから活きています。准看護師学校で出会った仲間は、今でも大切な存在です。育児と国試を同時に乗り越えた経験が、自分の自信になっています。

一言が人生を変えることがあります。

今、迷っているあなたへ。職場の誰かに、話しかけてみてください。「看護師になりたいと思っているんですが」と。

「なれるよ」と言ってくれる人が、きっといます。


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