介護士が看護師になって気づいた、介護の価値【現場で活きた3つのこと】


「介護の経験って、看護師になっても役に立つのかな」

介護士として働いていた頃、そう思っていました。医療の知識も、採血も、点滴も、介護士には関係のない世界のように見えていました。

実際に看護師になってみて気づいたことがあります。介護で積み上げてきた経験は、思っていた以上に武器でした。むしろ、介護を経験してきたからこそ気づけることが、看護の現場にはたくさんありました。

この記事では、介護出身の看護師として感じた「介護の価値」を、3つの視点から書きます。

介護士として働いているあなたへ。その経験は、決して無駄ではありません。


「できないこと」より「できること」を見る目【ICFの視点】

医療の世界では、どうしても「できないこと」に注目しがちです。

病気や障害によって失われた機能、リスク、制限——そういった視点で患者さんを見ることが多くなります。これはICIDHという考え方に近い視点です。

一方、介護の現場で自然に身についていたのは、ICFという視点です。「できないこと」だけでなく、「できること」「強み」「環境を整えることで可能になること」に注目する考え方です。

この視点が、ある患者さんとの関わりで大きく活きました。

その方は、複数の疾患や障害を抱え、退院が非常に難しいと思われていた方でした。ご家族との関係も断絶しており、チームの中でも「在宅は難しいのではないか」という声がありました。

でも私は、「できないこと」ではなく「どうすればできるか」を考え続けました。

たとえば、薬の管理。洗濯ばさみで薬袋を立て、はさみで切って開封することはできる。ただ、つながった複数の薬袋を切り離すのは難しい。それは薬局にお願いしよう。これで自分で薬を管理できる。

トイレの問題。ポータブルトイレへの移乗はL字柵を取り付ければ自分でできる。でもベッドへの戻りは高低差があって難しい。それなら、高めのポータブルトイレを用意すればいい。試してみたら、うまくいきました。

人・道具・サービス、つまり環境を整えることで、「できないこと」が「できること」に変わっていく。

また、関わるすべての人が同じ視点でその方を理解できるよう、チームでその方の性格・傾向・対応方法をまとめた文書を作成しました。その方を物として扱うのではなく、関わる全員が同じ視点でその人を理解するための、いわば「その人らしさの共有ノート」のようなものです。

退院の日、その方は今まで見せたことのない満面の笑みと、感謝の言葉を伝えてくれました。

「完璧に安全な状態で返すこと」がゴールではない。「その人らしく生活できているか」がゴールではないか。

この視点は、介護の現場で自然に身についたものだと、今でも思っています。


整容が、信頼をつくる【家族対応で学んだこと】

介護施設でリーダーをしていた頃、家族対応で大切にしていたことがあります。

面会に来た家族が見るのは、意外と「表面」です。髪が整っているか、爪が伸びていないか、目やにがついていないか。「ちゃんとケアされているか」を、そういった部分で判断してしまうのが現実です。

現場としては、もっと深いところでたくさんのことをやっています。でも、それが伝わらないこともある。だからこそリーダーとして、整容だけは徹底していました。

病院は治療の場です。医療処置が優先され、整容が後回しになりがちです。でも私は、看護師になってからも整容を大切にしています。

なぜかというと、信頼の積み重ねが、後々の関係を大きく左右するからです。

何かトラブルが起きたとき、家族の反応は全然違います。

「いつもよくしてくれているから、今回のことは仕方なかったのだろう」

「いつもきちんと見てくれていないから、こんなことになったのだ」

この差は、日々の小さな積み重ねから生まれます。整容は、その積み重ねのひとつです。

介護リーダーとしての経験が、看護師としての自分を支えていると感じる場面のひとつです。


その行動には、必ず理由がある【認知症ケアで培った視点】

病院は忙しい場所です。認知症の患者さん一人にじっくり向き合う時間を取りにくい現実があります。

そのため、患者さんが突然大声を出したり、落ち着きなく歩き回ったり、興奮した状態になったりすると、「薬で落ち着かせよう」という対応になりがちです。

でも私は、まず「なぜそうなっているのか」を考えます。

便秘でしんどいのか。昼夜逆転していて眠れていないのか。家族が来なくて寂しいのか。痛みがあるのか。不安なのか。

原因を考えてからアプローチする。このスタンスは、介護の現場で自然に身についたものです。

認知症にはさまざまなタイプがあり、対応方法も異なります。でも「その方の気持ちを受け止める」という基本姿勢は共通しています。

傾聴という姿勢も、介護現場で培われたものです。忙しい病院の中でも、少し立ち止まってその人の話に耳を傾ける。それだけで、状況が変わることがあります。


ボディメカニクスは、介護出身者の強みのひとつ【移乗技術の話】

病棟では、床に敷いたマットレスから車いすへの移乗が必要になる場面があります。転倒リスクの高い患者さんに対して、あえて低い位置で寝てもらうことがあるためです。

これが、多くの看護師にとって難しい場面のひとつです。看護師2人がかりで両脇を支えながら立たせる方法が一般的で、腰への負担が大きく、腰痛に悩む看護師も少なくありません。

私は、患者さんの体格にもよりますが、腰を痛めない方法で対応できることが多いです。

ボディメカニクスは、介護の養成課程で実践的に学びます。さらに、毎日の介護現場での実践の積み重ねが、体に染み込んだ技術として活きています。

看護師の養成課程では、ボディメカニクスを十分に学ぶ機会が少ないのが現状です。これは優劣の話ではなく、それぞれの専門性の違いです。

介護と看護、お互いの強みを活かし合える現場が、患者さんにとって一番良い環境だと思っています。


介護士のあなたへ

介護の経験は、看護師になっても必ず活きます。

ICFの視点でその人の可能性を見る目。家族との信頼を積み重ねる感覚。その行動の背景を考えようとする姿勢。体に染み込んだ移乗の技術。

どれも、介護現場で積み上げてきたものです。

「遠回りだった」と思っていた道が、実は最短だったかもしれない。介護士として積み上げてきたあなたの経験を、誇りに思ってほしいと思います。


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